柘植 紀人さん

スナフキンズ音楽教室 代表
アコーディオンユニット「Snafkins」ギター担当

BOOWYに憧れて13歳でギターを始める。同級生を無理矢理メンバーに入れてバンド結成する。高校卒業後、本格的に音楽を学ぶためMIJapan(ハリウッドに本校がある音楽学校)に入学。同校卒業後、名古屋市内を中心に演奏活動を続けながら、2007年、私立高校職員に採用され教育者となる。その他、カンボジア、ベトナムのストリートチルドレン施設を訪問し、生徒と共に日本から車椅子を届けたり、音楽交流をする等ボランティア活動を経験。さらに、ベトナム少数民族とのセッション、タイでのストリートセッションで音楽に国境は無いことを実感する。30歳になった年、自らの夢を実現するため私立高校退職。名古屋市千種区にスナフキンズ音楽教室を開校。2012年現在、音楽教室の経営、アーティストとしての演奏活動、私立高校の音楽講師、アーティストのライブサポート、楽曲提供も行っている。

インタビュー

 

20代の時に情熱を注いでいたものは何ですか?なぜそれに情熱を注いでいたのですか?

 

音楽が全てでした。理由は好きな音楽を仕事にしたかったから。

 

 

 
現在情熱を注いでいるのは何ですか?なぜそれに情熱を注いるのですか?

 

子育て。理由は自分の命より大切な存在ができたから。

 

 

 

今まで一番つらかった事はなんですか?

 

「音楽」がいつの間にか「音が苦」になっていた事。

 

 

 
今までに直面した大きな壁は何ですか?またどのようにその壁を乗り越えましたか?

 
音楽をビジネスにする方法。「情熱×才能×努力」を最大限に生かせる環境を作る事。
サラリーマン生活で社長、上司、同僚から本当に多くの事を学ばせて頂きました。

 

 
これがなかったら情熱を保てなかっただろうな、と思う物もしくは人はなんですか?

 
信頼できるバンドメンバーであり最愛の妻でもあるSATの存在。

  

 

 

あなたにとって「情熱」とは何ですか?

 

明日を生きる理由です。

 

 

  
現在の高校生、大学生、社会人になったばかりの若者達に、どんな情熱を持ってほしいですか?

 
心からワクワクできる事を追い続けて下さい。
見つからないときは海外へ一人旅に出ることをおすすめしますよ。
私は20代半ばにオーストラリア、東南アジアへバックバッカー経験して、
日本を出る事で、自分の価値観、常識だと思っていた自分の物差しがいかに小さく狭いのか衝撃を受けました。
そして、日本に生まれた事、仕事がある事がいかに恵まれている事か気づきを得たり、
この自分探しの旅で、「幸せとは何か」と「自分らしい生き方」を考える貴重な時間を過ごしました。

 

 

 
現在持っている夢は何ですか?またどのようにその夢を実現しようとお考えでしょうか? 

 
ファミリーバンド結成してワールドツアーします。10年以内に時間的自由、経済的自由を手に入れます。

 

 

柘植 紀人さんありがとうございました。